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2011 イエメンの旅 | |
アラビア半島の先端に位置するイエメンは、古代からインドと地中海を結ぶ“海のシルクロード”の要地として栄えてきました。
時は移り、石油産業で潤う裕福な周辺諸国から取り残され、資源のないイエメンは中東諸国の中で最貧国となりました。
しかし、アラブ人はイエメンのことを“心のふるさと”と言います。伝統的な建物がひしめき合うように旧市街を作り、人々は民族衣装や短剣を未だに誇りを持って身にまとっています。彼らが作り出す風景はまるで現代に残るアラビアンナイトの世界。
資源に富み発展し、現代的になっていくだけが幸せではない。この国を旅していると本当の豊かさについて考えさせられます。
またイエメンは自然の景観も素晴らしく、断崖絶壁の山岳風景、広大な砂漠地帯、緑の棚田、そして真っ青な紅海やインド洋にも面しています。
目まぐるしく変化する風景と、古きよきアラブの習慣を失わず心豊かに暮らす人々の姿に、全ての旅人が“幸福のアラビア”を感じることでしょう。
私が旅したのは2011年2月。
イエメンでは、エジプト政変を受けて現政権の退陣を求める大規模な集会・デモが連日行われ、これに対抗する政府支持派あるいは治安部隊との間で衝突が頻発していました。
2月に外務省から勧告されていたのは“渡航の是非を検討してください”という注意を促すもの。実際に現地に行ってみるとデモは日常から程遠く、平穏そのものでした。
実際サナアでは反政府派はごく一部で、政府を指示する人の方が多かったです。「大統領を愛している」そう熱く語るイエメン人も少なくありませんでした。
しかし私が帰国して間もなく、反政府派と政府支持派は共にデモ参加者の規模を拡大し、状況は今後一層悪化すると懸念されたことから外務省から“退避勧告”が発令されました。
2011年6月現在もそれは解かれていません。
イエメン人はアラブ人の中では気性が大人しく、世界でも不満度が低い民族です。このデモはエジプトなどの流れを受けて大きくなったもの。
私が実際に接したイエメン人は、旅行者が来なくなったため仕事もなくなり、「イエメンはこんなに安全なところなのに、ニュースは間違っている」と嘆いていました。その時よりも彼らの生活はさらに悪化していると思います。
現在は入国が出来ない状況ですが、いつか危険勧告が下げられ、旅人が再びこの素晴らしい国を旅出来ることを願って、以下に私の見てきた情報を載せたいと思います。

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